征矢 英明(ソヤ ヒデアキ)筑波大学教授・医学博士のコラムを紹介します。
運動やスポーツというと、手足や体幹の筋肉を鍛えるものというイメージが一般的です。しかし、最近になって、脳の一部にもよい影響を与えることが明らかになっています。
脳に筋肉はありませんが、実行機能や記憶能力といった、認知機能を高める効果があるのです。前者は、前頭前野の神経活動を高めることによるもの。後者は、海馬の神経活動を高めたり、時には新たな神経細胞を増やすなどして、記憶能力を高めることがわかってきました。
海馬はストレスや加齢、うつ病や認知症などで委縮する一方、豊かな環境や適度な運動で肥大します。その際、意外にもウォーキングやスローランニングなど、楽に感じるものが有効だというデータが得られたのです。
脳は、体の各器官に指令を出す臓器として知られています。指令の伝達には、2種類の方法があります。ひとつはホルモン様物質による伝達。ホルモン様物質は、分子単位の小さなサイズで臓器などから微量が分泌され、血液で運ばれた後、ほかの臓器や器官を正常に機能させる際に使われます。
ホルモン様物質の機能や作用については、今なお分からないことがたくさんあります。そして、近年、脳は分泌するだけでなく、運動やスポーツによって受け手となることが分かったのです。私自身が手掛けていた、脳と運動の関係を調べる実験の最中に、発見したのです。
現在分かっているのは、超低強度から中強度の運動を10分程度行うと、前頭前野や海馬に良い影響を与えるという事実です。強度は、最高心拍数や最大酸素摂取量を基準に決めるので、個人の年齢や能力によって異なります。目安をあげると、超低強度は「最高心拍数の57%以下の強度に相当するウォーキングやスローランニングなどの運動」中強度は「最高拍数の64~76%の強度でできる、ランニングやエアロビクスなどの運動」となります。
一般的な感覚では、楽にこなせるのが超低強度、ややきつく感じるのが中程度という解釈で構いません
前頭前野や海馬などの活性化を目指すには、ウォーキングやスローランニングから始めてみるのがおすすめです。ヨガや太極拳なども良いでしょう。
筋肉のように目に見える効果は得にくいでしょうが、前頭前野や海馬の働きが活発になると、ヒトは意欲的な感情を抱き、楽しい気分で満たされます。私は、こうした健康的な脳と生活のあり方として、「脳フィットネス」という概念を提唱しています。
筋力アップやメタボ対策という考え方から、いったん離れ、日々の気分を良くするための手段として、運動やスポーツを試してみてほしいと思います。(PARTNER 2017.12月号)